2010年11月17日

邪馬台 国 その2

そして、この『 邪馬台国 』のありかについて、九州説と畿内説との論争が永きに繰り広げられていますが、なかなか決着がつきません。

3世紀半ば過ぎに作られたとされる大型の前方後円墳で、卑弥呼の墓に見立てられることも多い、
奈良県の箸墓古墳(はしはかこふん)ですが、

その周辺調査発見された土器の年代測定を行った結果,ちょうど卑弥呼が亡くなったと言われる時代と一致したという

2009年の発表で,邪馬台国畿内説が俄に活気づいてきました。

しかし,これはあくまでも補強証拠にすぎないのです。卑弥呼の墓と断定できるためには,「親魏倭王」の金印でも出てくれば確実な証拠となるのでしょうが・・・

この箸墓古墳自体の徹底的な調査をなんとか宮内庁が許可してくれれば、非常に面白い結果が期待できるのですが、

宮内庁は、基本的に古墳の発掘調査を許可してくれないそうです。
posted by ひみこ at 14:51| 邪馬台国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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